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ギャヴィン・ノーブル 2007年4月21日(土) 日本語訳 : Yoshi (Baku) SAF1チームの無線通信マネージャー、ギャヴィン・ノーブルさんからの最新レポートをどうぞ。F1チームのメンバーとしてグランプリで働くとはどういうものか判っていただけるかと思います。このレポートでは年間で最も暑い2戦、マレーシアとバーレーンが語られています。暑さと怪我と疲労が重なるとF1のグラマーな世界も地獄の労働環境と化すのだということが良くわかります。
やっと帰ってきた! 長い旅だった。6週間も自宅を離れていた。戻ってきて、庭の芝を刈り、公共料金等を支払い、車の修理もし、親戚に会いに行って、ようやく自分のソファーに座り2つのレースを振り返ることができる。 メルボルンGPの後、その国を出発するまでに1週間の自由時間があった。イギリスに戻った者もいたが、ほとんどはGP前のテストの準備をするためにそのままマレーシアに向かった。 テスト前の数日間、プールでのんびりしたり、ゴルフをしたりクアラルンプール周辺の観光をする機会があった。マレーシアに行ったことがない人には、その国の暑さと湿気はサウナの中にずっといるようなものだ、としか表現のしようがない。とても不快で、毎日必ずやって来る午後の雷雨も、ほんの短時間、暑さを和らげるだけだ。 マレーシアの暑さの中で働くのはとても大変だ。特にテストの週の間中、長時間労働に耐えるには、自分のペースに慎重に気を使い、大量の水を飲むことだ。ほとんどの人は1日少なくとも6リットルもの水を飲んでいた。しかしそれでもほとんどトイレに行く必要もないくらいなのだ! テストの結果は良くも悪くもあった。タクはセットアップに大変満足してうまくいったが、アントは(まだ尻の痛みが残っていたが)マシンのポテンシャルを充分に引き出すことはできなかった。彼はセッションの間中、いろんなセットアップやパーツの組み合わせを試したものの、ずっと良くなったとはいえ、決して満足のいくものではなかったようだ。 テストの後、グランプリの準備を本格的に始めるまでの間に数日の休息が取れた。既にテスト用にピットを設営していたため、通常のレース前よりは少しだけ仕事量が少なかったが、メカニック達はマシンを分解して準備をしなければならなかった。2台のマシンをグリッドにつけるためには、どれほど多くの時間を費やさなければならないのか、いまだに驚かされるものだ。小さなチームであるがゆえ、ほとんどの人は一つ以上の仕事を兼務しているが、たとえ50人でかかってもかなりの長時間になる。エンジニア、電子機器、メカニック、油圧、車体、IT、通信、ギアボックス、トラック運転手、広報、マーケティングなど、全ての部署がレースに向けて準備をする。 決勝当日、グリッド上の気温は41度、湿度64%だった。耐火下着の上に分厚いつなぎを着ているのは楽なもんじゃない。スタートに向けてすべて順調に進み、メルボルンであったようなドタバタは何もなかった。私は今回は「ストール・クルー」の一員で、リアのジャッキ係になっていた。「ストール・クルー」は私とあと3人が組んでスタート時にグリッドの近くに残り、万が一2台のマシンの内1台でもエンストした場合に備えるのだ。その場所からはスタートのすばらしい光景を目にすることができたのだが、その一方で最初のラップで万が一ピットインする必要が生じた場合に備えて、ピットまで200ヤード(180m)を全力疾走しなけらばならないということでもあった。案の定、1コーナーでタクとトヨタの1台が接触した可能性があると無線が入った。リアジャッキを持って全力疾走したので私はとんでもない大汗をかいた。人生の中でこれほど暑いと思ったのは一度たりともなかった。もしあの時エマが氷の入った袋を渡してくれてなかったら、私は大変なことになっていたかもしれない。幸いなことにピットストップはなく、みんな水をもっと飲んで、できるだけ涼しくしようとすることができた。 タクの最初のピットストップでノーズが破損しているのが明らかになった。タイヤ交換と給油の後、マシンは送り出されたが、次のピットストップでノーズを交換すべきかどうか議論があった。分析結果によるとノーズとフロントウィングの交換でロスする時間ほどのタイムは悪化していないのが判った。 アンソニーはインフルエンザの影響が残っていたとはいえ、それなりに良いレースをしていたが、それでもグリップレベルが良くなく満足のいけるマシンにはなっていなかった。この状態はどちらのドライバーも悩まされていたもので、テスト中に経験した問題とほぼ同様であった。レース結果は13位と16位。悪くはない、が、メルボルンで見せたレースペースの後では若干がっかりするものでもあった。とはいえ、議論などしている時間はない。バーレーンに向けて荷を送り出すためにできるだけ速く荷造りをする必要があった。 荷造りの最中に愚かにも私は怪我をしてしまった。肋骨にひびが入り、背中も痛めたのだ。とても痛かったが、幸いにもチームのフィジオ(理学療法士)がまだサーキットに残っていたので、彼がすばやく状態をチェックし応急処置を施してくれた。その怪我のため、私は早めにホテルに戻り、医者に痛み止めの注射を打ってもらった。バーレーンまでのフライトは人生で一番長い旅のように感じられ、翌週は痛みでゆっくりと動かざるをえなかった。最初のころは自分の靴紐さえ結ぶことができなかったのだ! こんな状態でもチームが力を合わせて働いたので、たいした困難もなく通信システムをセットアップすることができた。 バーレーンの砂漠はいつもの暑さと日差しとは打って変わって雨と砂嵐に覆われていた。私はバーレーンに何度も来たことがあるが、今まで雨なんて見たことがなかった。そしてこれがまた本格的な雨で、おまけに雷雨付きときた。そのおかげでその週は気温が低く抑えられていたのだが、風が大量の砂を巻き上げていた。毎朝、ピット内の全ての物に積み上がった砂の層を掃除しなくてはならなかった。特に気をつけたのは電気機器や電子機器の防砂フィルターを忘れずに毎日交換することだった。 プラクティスセッションは順調に進んだ。冬のテストで得たデータが全て役に立つことも判った。マシンのパフォーマンスは良く、両ドライバーは自信に満ち、レースに向けて全てが上手く行っているようだった。アンソニーはQ2に進み、Q3にわずかに届かなかっただけだった。レースに向け全てが順調のようだった。 マークが私をファンサイトのライブチャットに招いてくれ、ピットから情報を伝えたりピットストップの合間には質問に答えるなどの特典の場となった。私は痛み止めを大量に飲んでいたが、湿気がマレーシアとは比べ物にならないほど少なかったのが私としてはとても助かったことだ。 両ドライバーとも良いスタートを切った。レースが進むにつれ、アンソニーがとてもコンペティティブなドライブをしているのも明らかになってきた。ある時などは、目の前を走るルノーのコバライネンよりも速いと彼が無線で報告してきたこともあった。去年と比べると非常に大きな進歩だ。全体の6位をアンソニーが走っている時もあった。まだピットストップしていなかったので実際より良く見える順位だったとはいえ、見ていてとても満足度の高いものだった。しばらくして、ライブチャットでマークが「タクのペースが落ちてきていないか?」と聞いてきた。私はテレメトリをチェックし、技術者からも大丈夫という合図ももらった。セクタータイムは少し遅かったが、マシンには何の問題も無いようだった。それをチャットで報告したとたん、タクのエンジンブローが起きた! マーク、君は縁起の悪い男なのか?それともテレパシー能力者なのかい? アンソニーは安定したタイムを刻み続け、12位でゴールしそうに見えた。残念なことに彼もまた残り5周というところでエンジン故障にみまわれた。たくさんの希望が持てた週にしては悲しい終わり方だ。ホンダは今、トラブルの原因を調査し、今までのような信頼性を取り戻すよう努めている。 長旅を終えてイギリスに戻ってきたのでホッとしているが、仕事はまだ終わっていない。荷物がファクトリーに戻ってくるとたちまち、マシンを分解し次のイベントに向けて準備が始まる。立ち止まること無く、絶え間ない作業が続くのだ。 少なくとも私は家に帰ってきたし、座ってイギリスの質の高いテレビ番組-‘Grease Mania’や‘Castaway’、‘Any Dream Will Do’(訳者註:どれもくだらない番組で、ギャヴィンさんは単に皮肉っているんですね)-を見ることができる。そしてまた... 次のフライトはいつだっけ?!
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